第五の天使の角笛(2) アクリデスの生き地獄!

啓示録(黙示録)
ついに「生き地獄」が、
すると、その煙の中から、アクリデス*が地上に出て来た。彼らには、地のさそりが持つような力が与えられた。 そして彼らは、命令された。「地の草やどんな緑の物も、どんな木々にも害を加えるな。ただ、額に神の証印を持っていない者だけを痛めつけるように。」すなわち、彼らに許されたのは、人間を殺さず、五ヶ月間苦しめることであった。 啓示録9:3〜5
底なしの所、アブッソスは悪魔(サタン)と堕天使ども(悪霊ども)が一時的に閉じ込められる所です。(ギリシャ語を覚えやすくするために、アブッソスは「悪物騒巣」なんていう当て字はどうでしょうか?)アブッソスから巨大な炉の煙のような黒い煙が立ち登って空を覆い、空は昼間とは思えない暗さとなります。すでに三分の一暗くなった太陽もさらに暗くなります。

初めのうちは立ち上る炉の煙のように見えていましたが、その煙の中からアクリス*(ギリシャ語を覚えやすく「悪裏素」を当て字にしてみましたがどうでしょう?)ἀκρίςの複数形アクリデスという得体の知れないものが出てきたのです。アクリスはイナゴとも訳されます。そして、イナゴの大群によって、昼間なのに太陽の光が遮られて、暗くなったという歴史的な記録がいくつもあります。

モーセを通してエジプトにもたらされた十の災いの7番目は、イナゴの大群による大被害が記録されています。イナゴが去ったあとには、緑色の草木は一本も残らないほど、すさまじい災いでした。当然、エジプト史上最大の被害をもたらしたといわれています。しかし、アクリス*がイナゴでないことは以下の7つ点から明らかです。

アクリスとイナゴの相違点

  1. アクリスが出てきたのはアブッソスからです。イナゴはそんな地下の穴の中にいません。
  2. アクリスは、サソリような殺傷能力を持っていますが、イナゴにはありません。
  3. イナゴは、青草や木が大好きですが、アクリスは草木に目もくれません。
  4. アクリスは、植物ではなく、人間を5ヶ月間苦しめるのです。イナゴは食物を食い尽くしますが、人を直接苦しめません。
  5. イナゴは昆虫ですが、アクリスは昆虫ではありません
  6. イナゴはタンパク質やカルシウムを豊富に含んでいるので、栄養源としてたべることができます。バプテスマのヨハネも食べていました。日本の戦中と戦後もイナゴを昆虫食として食べて栄養の補給をしていました。イナゴの佃煮を食べた経験があります。しかし、アクリスは栄養源とはならないし、食べられません。
  7. 形相が全く異なります。

額に神の証印を持っていない者だけを痛めつける

とありますが、逆に「額に神の証印のある者たち」とはどういう人たちでしょうか?

⑴ 神のしもべたちの十四万四千人のイスラエル人で、世界中でイエス・キリストの救いを宣べ伝えている者たちです。(啓示録7:3〜8)

⑵ 十四万四千人の宣教によって救われた世界中の人たちの中でまだ殉教していない人たちです。

その証印は人の目に見えるかどうかは、書かれていませんが、霊的世界でははっきりと識別できる神の証印です。それは天使たちによって、額に証印が付けられることになります。その人が「イエス・キリストが私の救い主です!」と心から信頼して神に祈った時に、額に証印が付けられます。

そして、⑴でも⑵でもない人たちが、アクリス*の被害を受けることになります。
この方にあってあなたがたもまた、真理のことば、あなたがたの救いの福音を聞き、またそれを信じたことにより、約束の聖霊をもって証印を押されました。 聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。 エペソ1:13〜14
そして、今でもイエス・キリストを救い主として信頼した者たちも、その瞬間聖霊によって証印を押していただけるのです。目には見えませんが、霊的な世界では認知されています。
聖霊の証印はどんなにかキリストに属する者たちを守っていることでしょうか!

悪霊の戦い

  1. 今も、サタンや悪霊どもは、聖霊の証印を押されている者たちの霊には害を加えることはできません。指一本触れることができないのです。私たちの霊は、聖霊が内住してくださっているので、悪霊は入り込むことができません。
  2. しかし、心、魂には、悪霊の火矢が投げ込まれることがあるのです。悪霊の火矢とは、恐れ、疑い、不信、オカルト、占い、宗教、ニューエイジ、だましごとの哲学、ポルノ、好色、不品行、姦淫、不倫、ねたみ、そしり、高ぶりなど、書ききれません。とにかく、邪悪な考え、神が喜ばれない思いの全てが、投げ込まれて来ます。
    私たちは、そのような神に喜ばれない思いを放って置くのではなく、すぐに対処するのです。「神様への揺るぎない信頼の大楯」で、悪霊が放つ火矢の全てを次々に消していくのです。悪霊の火矢が飛んで来ることがない人はいません。絶えず誘惑の攻撃があります。悪魔の策略があるのです。ですから、神の全ての武具を身につけて心を守らなければならないのです。悪霊が放つ火の矢をその都度、消していけば勝利です。(エペソ6:11〜20)
  3. また、私たちの体は、まだ贖われていないのです。イエス様を空中でお迎えする時まで、私たちはこの体が、色々とどこかが故障したり、病んだり、疲れたり、怪我をしたり、時には悪霊の攻撃を受けることもあります。ですから自己管理が必要です。同時に霊的な戦いのために祈りが必要です。先手を打って祈り、体も守られるように祈りましょう。
    ところが、艱難期において「神の印」を押された人以外、すなわち天使によって額に押されていない者たちは、5ヶ月間苦しむことになります。サソリに刺されたような激痛で、5ヶ月間もだえ苦しみ続けることになるのです。それは、身体的な激痛だけでなく、精神的に心が激痛によりさいなまれることになるのです。
そして、これらの期間、人々は死を求めるがそれを見出すことができない。また、死にたいと切に願うが彼らから死は逃げていく 啓示9:6
死を願う痛みとは、どれほどでしょうか?人の痛みは医者でさえも理解できません。測ることも難しいです。人々はアクリスの刺した激痛が5ヶ月も続く中で、死んだほうがましだと誰もが思うのです。しかし、自殺すらできない状況になるのです。

どうして自殺ができないのですか?手や足がしびれているのでしょうか?毒を飲むことができないのでしょうか?電車や自動車に飛び込めないのでしょうか?高いところからの飛び降り自殺はできないのでしょうか?方法はわかりませんが、神ができないように支配するのです。

なぜ、そのように神が支配されるのでしょうか?「生き地獄」ではないでしょうか。しかし、この中で人々が自分の罪を自覚するように、罪の重大さを誤魔化してしまわないで気づくようにと、神は願っているのです。そして、5ヶ月間の激痛の中からでも、イエス・キリストが救い主だと求め救われるようにと、神は願っているからです。

かつて荒野で「火の(火のような激痛をもたらす)ヘビ」に噛まれ激痛でのたうち回っていたイスラエル人が、モーセの作った青銅のヘビを仰ぎ見るだけで、激痛から解放されたのです。それは、イエス・キリストに信頼するだけで救われる型です。確かに「生き地獄」です。

しかし、実際のゲヘナ(地獄)は、こんなものではありません。この時は、5ヶ月で終わるのですが、ゲヘナでの痛みと苦しみに終わりがないからです。永遠だからです。

*第五の天使の角笛でアブッソス(底なしの所)の穴から出てきたアクリスἀκρίς単数形、アクリデスは複数形。
その正体はなんでしょうか?

今日もウェブチャを訪れてくださり、ありがとうございました!
ウェブチャを読んでいる皆さんが誰一人、この「生き地獄」を経験することが無いように祈ります。
そしてこの紙面をお借りして祈ります。

「父なる神様、今現在慢性疲労症候群と線維筋痛症の病を抱えて苦しんでおられる方々を、その終わることのない痛みから解放し、病いを癒してくださいますように!解決策や治療法が早く見つかりますように!イエス・キリストのお名前により心から祈ります。アーメン

今日も良い1日をお過ごしください!
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