あやしい預言の集会
「ある教会で預言の集会を開くから」と知り合いに誘われて参加してみました。いかにも権威がありそうな口調で、彼は、一人ひとりの人生の未来をこうなると断定して宣言していました。
私はやや高圧的な態度と、人の将来を断定口調で断言することに驚かされるとともに、いくつもの不信と疑いの疑問符が頭に浮かびました。
個人の未来をご存知なのは神だけ
神は、未来を予知されます。しかし、神も個人の未来は各個人の自由意志による選択に任されているのです。その預言者の断定したことは、当たっていることもあり、外れたこともありで、まさに聖書の基準に照らしてみればニセ預言者でした。
ニセ預言者を、聖霊の預言の賜物を持っているかのように人々が受けいれ、教会に招いて集会まで開いてしまう。そこが、不思議やしるしに惑わされやすい人間の弱さだと思いました。
世の終わりには、不思議やしるしによって惑わす者が増え、多くの人が惑わされると聖書で警告されていますが、これから、ますます増えてくることでしょう。預言CAFEであっても
人々が気軽に神の言葉を聞きに来られる伝道の入り口として、「救いの良き知らせが伝えられる」のでしたら、面白い切り口だなあと思います。
しかし、「主は言われる」と主(ヤハウェである神)の名前を持ち出して宣言する時、本当に主が言われたのではないことを宣言して、外れたなら、その言葉には責任があります。命を持って償わなければなりません。
また、主が本当に語られていないのに、「主は言われる」と主の名を使って自分の言葉を権威づけることは、「主の名前をみだりに唱える」十戒の第3戒を破る罪となります。
うその預言に縛られるな
おみくじや、占い師の言葉、時には親や先生や医者のことばなど、自分が権威あると思う人の言葉は、自分を縛る傾向があります。
「だめだめ!」「どうしようもない子ね!」と親から繰り返されて育った子供達は、自分の人間としての価値を失ってしまいます。「ダメな子だ」と思い込んでしまうのです。才能がまだ開花する前に、小学校時代の教師から「絵が下手だ!」と言われた人は、大人になってもずっと「絵が下手だ!」と思い込んでしまうのです。
権威を持たせた言葉に左右されがちです。人生を拘束してきますから、その言葉に縛られないようにご注意ください!
全ての占いは、神からでているものではありません。したがって、なんと言われようと、神が占いを通して語られません。むしろ、神ではなく、悪霊の惑わしの可能性が大きいので、ご注意ください。ニセ預言者にご注意!
今日、ニセ預言者が本当に増えています。教会の中にさえ、自称預言者たちが、入り込んで、聖書にないことを平気で預言しています。聖書に反して新たな預言をしています。旧約の預言者さながらに「主は言われる」と語るニセ預言者たちにご注意ください!
ニセ預言者の見分け方をご参照ください。
自分は預言者だと思っている人へ
ただし、わたし(神ヤハウェ)が告げよと命じていないことを、不遜にもわたしの名によって告げたり、あるいは、ほかの神々の名によって告げたりする預言者があるなら、その預言者は死ななければならない。」申命記18:20
本当に主なる神があなたに語られたのですか? そうでないはずです。神はあなたを預言者とは認めていませんし、遣わされてもいません。
預言の賜物を求めている人は、「未来を予言する預言」は、もはや、求めても与えられません。
主はすでに預言はすたれていると宣言されているからです。預言の賜物は与えられません。終わっているのです。
未来は知らされない
神だけが未来をご存知です。天使もサタンも堕天使も悪霊も未来を知りません。神によって知らされた範囲の未来の一部以外は知らないのです。
ただし、サタンも悪霊も人間の歴史以来、存在し続けていますから、過去については、詳しく事実を知っています。本人しか知らない過去の内容を正確に告げたからと、信じてだまされないようにしてください。過去は知っていても、未来についてはほどんど知らないのです。
個人の未来は、その人の自由意志の選択の中で、決められていくものです。占いのように、人の未来を「主が言われる」と宣言している人は、占い師や霊媒師と変わりません。
むしろ、占いの罪と変わらない裁かれる罪を犯していると気づき、罪を悔い改めて正しい伝道をしてください。
命がけで預言をしていますか?
はずれた未来に関する預言の責任は、あなたが取らなければなりません。
「主の名前をみだりに唱えた罪」を主の前に悔い改めて、赦しをいただいてください。二度とやらないと決心しその罪から離れてください。
誰にでも当てはまる曖昧なことを抽象的に言って、相手の解釈にまかせ、まるでズバリ言い当てたかのような錯覚をさせる手法は、相手の心理をうまく利用した詐欺師と変わりません。
現在求められる預言者は
聖書のみことばを土台として、神の心を自分の心として、神の福音をメッセージを伝える者たちです。聖書の本質、福音の本質、そして、救い主であるイエス・キリストを伝えてください。今までどうり、わかり安い言葉で、お伝えください。
信頼は聞くことから始まり、聞くことはキリストの語るみことばによるのです。 ローマ10:17聖書に書かれていることを土台として、聖書の神の言葉を伝えることは、とっても大切な預言です。聖書に書かれていない内容を「あなたの未来はこうなります」と宣言するなら、それは、ニセ預言者の罪になりますので、ご注意ください。神も人の人生を決めません。
人生の指針や救いを求めてくる方々に、救いの良い知らせを伝えてください。続いて良い働きが祝されますように祈ります。
今日もウェブチャへようこそ!
もし、あなたの口でイエスを主と言い表し、あなたの心で、神はイエスを死者たち(ハデス)の中からよみがえられてくださったと信頼するなら、あなたは救われるからです。 ローマ10:9 (私訳)今日も良い1日をお過ごしください!
宗教嫌いの私が、生まれて初めて聖書を開いて読んだのは、高一の春。今だに宗教とか、キリスト教は好きではありませんが、今ではすっかり、聖書の魅力にはまって、奥深いみことばの味わいとその力と不思議に、心温められております。
ただ真理や事実を知りたいと、化石、古生物学、天文学、考古学、歴史、預言、精神や心の世界、霊的世界、死後の世界…などと探求しつつ、いつの間にか50年以上経ちました。
専攻は地質学ですが、テキサスのパルクシー川底の同じ岩盤の上に続く、恐竜と人の足跡化石、その岩盤に立った時はかなりの衝撃でした!初代の創造科学研究会の理事の一人として、ここニュージーランドに移住するまで、日本各地で講演させてただき、また、 Masaluk(メイサルーク)のペンネームでマンガ・ジェネシスの1と2のシナリオを書かせていただきました。
1994年からオークランド日本人教会の牧会の一端を担い、2018年5月から、必要に迫られさらに多くの人に良い知らせが届くようにと、イエス・キリストを中心とするHomeチャーチ「Japanese Bible Ecclesia (J-BE)」 https://ajbe.net/ を新たに始め、現在に至ります。
このウェブチャが、現在直接お会いできない皆さんにとっても、祝福の助けになりますように!(笠原 勝)
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