受難(2) 第2ステージ 暗殺計画の実行

聖書、救い
そして押しかけて来た祭司長、宮の守衛長、長老たちに言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってやって来たのですか。 あなたがたは、わたしが毎日宮でいっしょにいる間は、わたしに手出しもしなかった。しかし、今はあなたがたの時です。暗やみの力です。」ルカ22:52~53
ゲッセマネの祈りに続き、ここから「暗やみの力」がさらに強くなる受難第2ステージに入って行きました。闇は悪の支配であり闇に乗じてイエス・キリストを捕らえ、形だけの不当な裁判により死刑にするといった暗殺計画が動き出したのです。

当時イスラエルはローマ帝国支配下にありましたから、ユダヤにおける最高裁判権を握っていた宗教的・政治的自治組織が全議会です。全議会はギリシャ語で、スネドリオン συνέδριον 、ヘブル語でסַנְהֶדְרִיןサンへドリンです。24人の祭司長たち(全員サドカイ派)と24人の長老たち(全員パリサイ派)と22人の律法学者(全員パリサイ派)と大祭司の合計71人で構成されていました。この時大祭司カヤパが裁判長を務めていました。

そこで、イエス・キリストを死刑と決めた裁判が、どんなに不当な裁判であったかをまとめてみました。

1. 禁じられていた夜の裁判だった

夜の裁判は禁じられていましたが、サンへドリンは夜に召集されました。反対する者たちが誰一人いない夜の時間帯に、祭司長と長老たちと律法学者たちが申し合わせたように集まって来ました。すでに招集がかけられていたからです。

彼らがイエスを大祭司のところに連れて行くと、祭司長、長老、律法学者たちがみな、集まって来た マタイ26:53

2. 死刑は裁判の前から決まっていた

「死刑の判決は」裁判の前からすでに決まっていました。死刑判決が先に決まっている裁判などあってはならないものです。ところが、「イエスを死刑にするため」の裁判が開かれました。皆さんが被告だったらどう思うでしょうか?
さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった。 マタイ26:55

3. 被告に不利な証拠と証言だけの裁判

被告に不利な証拠と証言だけが集められようとしていました。弁護士もいない形を取りつくろうでっちあげ裁判でした。とにかくイエスを死刑にするための証拠集めがなされました。しかし、死刑にする証拠も証言も何一つ見つかりませんでした。証拠不十分で本来なら釈放のはずですが、そうなりませんでした。

4. 偽証者の偽証が一致しない

偽証者の偽証が一致しませんでした。最初から死刑の訴状を作るために偽証者たちはたくさん集められました。お金欲しさに次か次へと証言した者は多かったのですが、偽証が一致せず、裁判が長引いていたのです。証言が一致しなければ、証拠になりません。不起訴のはずですが、そうなりませんでした。
イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである。 すると、数人が立ち上がって、イエスに対する偽証をして、次のように言った。「私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造ってみせる』と言うのを聞きました。」 しかし、この点でも証言は一致しなかったマタイ26:56〜59
数々のありもしないことを証言する人々を、イエス・キリストはどのように思われていたでしょうか? イエスの語った言葉尻をとらえて、死刑に持ち込もうとしましたが、この点でも証言は一致しなかったのです。全員を裁き、ゲヘナに投げ込む事ができる方が、その偽証に黙ってじっと耐えておられました。「神殿」とは、イエスご自身の体のことであり、3日目の復活について言われたのでした。

5. 正式な裁判所で開かれていない

本来するべき裁判所でない異なる場所で行われた異例の裁判でした。正式な裁判は神殿の「裁判殿堂」で開かれるべきでしたが、大祭司カヤパ邸で裁判が開かれたのですから、正式に認められる裁判とは言えません。

6. 奪い取られた黙秘権

大祭司カヤパは「神によって命令」することでイエスから無理やり黙秘権を奪い取りました。ユダヤ人は、裁判中であっても不利な証言に対して、黙秘権を使えるように守られていたのです。不利な証言が続く中「イエスは黙ったままで、何もお答えにならなかった。」のです。それは、預言が成就(実現)するためでした。裁判官である大祭司カヤパが立ちあがります。かなりイライラしてラチがあかないと思ったからです。
そこで大祭司が立ち上がり、真ん中に進み出てイエスに尋ねて言った。「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか。」 マタイ26:60彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かないイザヤ53:7
しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じる。あなたは神の子キリストなのか、どうか。答えなさい。」マタイ26:63

7. 裁判長が検察官!?

カヤパは裁判長でしたが、時間をかけてもイエスを死刑にする証拠が何一つ見つからず業(ごう)を煮やしていました。そこで裁判長がいきなり、検察官になって死刑にするための冒涜罪を作り上げ、無理やり自白させたのです。裁判長としてあるまじき行動です。しかも、全議会(サンへドリン)をあおり「死刑の判決」に導きました。検察官と裁判長が裏で繋がっているどころか、同一人物なのですから、滅茶苦茶です!どんな判決でも導けます。
しかし、イエスは黙ったままで、何もお答えにならなかった。大祭司は、さらにイエスに尋ねて言った。「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか。」 そこでイエスは言われた。「わたしは、それです。人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです。」マルコ14:61〜62

8. 真偽を確かめない

カヤパはイエスの答えの真偽を確かめなかったのです。本当に神であればそれ以外の答えはないのです。イエスはただ「わたしが神だ。」と本当のことを言っただけでした。それをまともに受けたということは、イエスが気が狂っているとは思わなかったということです。
イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。…」マタイ26:64
カヤパは真偽のほどを確かめないまま「神への冒涜だ!」と断定し死刑宣告したのです。元々「冒涜罪による死刑宣告に導こうとする悪巧み」の通りうまくいったと思ったからでしょう。

9. 律法を無視し大祭司が祭司服を引き裂いた

大祭司が祭司服を引き裂くことは、律法で禁じられていました。禁じられた装束をあえて引き裂くことで、イエスがとんでもない冒涜の罪を犯していると大げさに表現したのです。サンへドリンもその迫力に圧倒されて「死刑だ!」と簡単に誘導されたことでしょう。死刑にする証拠のないイエスをどうやって死刑にするかと、民の先頭に立って律法を守るべき大祭司が、律法を完全に無視する行動をとったのです。
すると、大祭司は、自分の衣を引き裂いて言った。「神への冒涜だこれでもまだ、証人が必要でしょうか。…」マタイ26:63
兄弟たちのうち大祭司で、頭にそそぎの油がそそがれ、聖別されて装束を着けている者は、その髪の毛を乱したり、その装束を引き裂いたりしてはならない レビ21:10

10. 証言が立証されないまま

証言は2人か3人によって立証されなければなりませんでしたが、「イエスがご自身を神だ」と言った事が「うそであり、冒涜罪だ。」と言ったのはカヤパだけでした。「これでもまだ、証人が必要でしょうか?」つまり「必要ないでしょう!」と裁判の正しい手順を完全に無視しました。

11. 朝のいけにえをささげる前に不当に下された死刑判決

「朝のいけにえをささげる前に」死刑判決を下すことも禁じられていました。しかし、サンへドリンは、満場一致で死刑と決めたのです。完全に誘導された裁判であり、初めから判決は決まっていたのですから、「満場一致」裁判は多数決ではないのですが。
「あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか。」すると、彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決めたマルコ14:64

12. 刑の執行前に人々から違法な暴行を受ける

死刑判決を受けた者を、刑の執行前に殴ったり叩くのは違法であり罰金ものでした。彼らはおかまいなしにイエス・キリストをなぶりものにしました。唾を吐きかけるのは最大の侮辱行為です。目隠しされて殴られるのは、不意打ちを食らうのでさぞダメージが大きかったことでしょう。イエスは、拳(こぶし)と素手でボコボコにされたのです。初めはサンへドリンのメンバーがイエスを殴っていました。次に役人たちがイエスを受け取ると平手で打ち叩きはじめたです。
そうして、ある人々は、イエスにつばきをかけ、御顔をおおい、こぶしでなぐりつけ「言い当ててみろ」などと言ったりし始めた。また、役人たちは、イエスを受け取って、平手でたたき続けた。 マルコ14:65
こうして、イエスを神への冒涜罪で死刑にすると決めたサンへドリンのメンバーは安心し、夜も遅くなったのでとりあえず睡眠をとるために帰宅したようです。

どうでしたか?以上のよう裁判はどうみても不当です。一方的な形だけのでっち上げ裁判でした。判決は死刑と決まっていたのですから。イエス様は虐待され、侮辱され、痛みと眠りに耐え、夜遅くまで眠ることが許されていませんでした。

今日もウェブチャへようこそ!
「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか。」 そこでイエスは言われた。「わたしは、それです。人の子(イエス・キリスト)が、力ある方の右の座に着き、天の雲につつまれ来るのを、あなたがたは見るはずです。」マルコ14:61b〜62
将来イエス・キリストが、白き大いなる御座において裁判官となられ、全人類を裁くことになります。イエスの救いを受けた者以外は、行いに応じて裁かれることになります。この日のことも含まれているでしょう。

やがて、不当に裁かれ虐待されたイエス・キリストが、最後の審判をなさる裁判長になる時には、もはや誰ひとり弁解できないでしょう。人間が不当な裁判をして、ありもしない罪状をでっち上げたのと違って、一人一人の行いに応じ、神の義を基準に裁かれることになるのです。

私たちもカヤパと同じ問いかけをし、「イエスが神である。」という答えをどう受け止めるかで一生が、いや、永遠が決まりることになります。イエスが死刑とされるに至った罪状は「イエスが神である」と言ったことだけです。「イエスを救い主である神」として受け入れ信頼するならば、裁かれることがなく罪赦された者とされます。ぜひ、そうしてください。
今日も良い一日をお過ごしください。
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